『私の貧乏物語―これからの希望をみつける ために–』 岩波書店編集部編 岩波書店刊 2016 年9月第 1 版

これは貧乏を経験した、または経験中の、36 人 の赤裸々な個人の記録・独白・見識を集めた貧乏 話のオン・パレードで、内容は千差万別である。 古賀誠、亀井静香などの政治家も登場するが、貧 乏の極致と言う点では、沖藤典子・安田菜津紀さ んなどの話が心に残った。民進党の議員・福山哲 郎さんの話にも共感が持てた。最後の、孤児院で 育ち、ホームレスも経験した女性―鳥居さん(名

『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗 ―』加藤陽子著 朝日出版社刊 2016 年 8 月 第1版

この著者加藤さんの前に文庫で入れていただいた 本は「それでも、日本は『戦争』」を選んだ」(小 林秀雄賞を受賞)で、今度の本はその続きと言っ て良いでしょう。 この本は中学・高校の生徒を集めて、加藤教授が 対話しながら作った本で、いわば生徒参加の共同 作品。生徒の名前も公表されている。主題は、日 本が太平洋戦争に進み無残な敗戦になったそのき っかけとして、①満州国の建設に関するリットン 調査団は一体何だったのか、日本の対応はどうだ ったのか、②日本がドイツ・イタリアと三国同盟 を結んだのはどういうことだったのか、③太平洋 戦争の前の日米交渉ではどんなことがあったのか、 この重要な 3 点を徹底的に再調査してみよう、と いうことである。 この 3 点は実に日本の開戦と惨憺たる敗戦の最も 重要なきっかけであり、個人的にはかねてから最 大の興味を持っていたことなので、読んでみた。 学者だけに、すべてに裏付けが明確で、大いに参 考になった。

『父母の記―私的昭和の面影―』渡辺京二 著 平凡社刊 2016 年 8 月第1版

この本を私が文庫で購入して入れて頂いたのは、 この著者渡辺京二にずっと興味を持って『逝きし 日の面影』などのその著書をいくつか読んできた からである。私は「選択」という雑誌を長らく取 って読んできたが、この雑誌は会員制で本屋には 売っていない。なかなか信念をもって編集してい る雑誌で書き手は原則無記名、その雑誌に名前入 りの連載『追想 バテレンの世紀』を 10 年以上に 亘って書き続けている筆者が渡辺京二さんで、今 の日本では希少価値の、一筋縄では行かぬ硬骨の 人物である。永年水俣病で有名になった石牟礼道 子さんの援助をしてきた人でもある。この本は、 彼が 86 歳になり自分の死を意識して書いたいわ ば『自分史』の一種であり、今流行の「自費出版」 に近いものであるとも言える。だから個人的な細 かい事実はやや退屈ではあるが、貴重な記録だな と思わせるところも多い。 焦点は、書名にあるように、何よりも父母=親は どうだったのか、交際した周辺の人たち、そして 特に大きな影響を受けた吉本隆明・橋川文三とい う有名人のこと、そして個人的に忘れることがで きない先輩・友人のこと。

2015年11月

文庫あれこれ◆週末はお天気が崩れるとか。急に寒くなりました。立冬も過ぎたことだし、早、師走も近づきつつあるのですから当然ですか。床暖つけて書いています。◆たくさんの本が書架のどこかに隠れて見当たらなくなっています。そろそろ、蔵書点検をやらねば、と思いますが、まとまった時間がとれず。それでも、部分的に整理するだけで、あら、こんな本が、と、気づくことしきり。◆絵本の部屋をちょっと配置換えしています。◆クリスマス絵本を入り口左の新刊コーナーへ出しました。(12月いっぱい)◆福音館書店(日本)の絵本を入り口右端の本棚縦1列にしましたので、ご注意ください。◆また、入って右列の左側(クリスマス本定位置)に仮ですが、テーマ別の絵本をしばらくならべます。◆それと、日本の昔話絵本を、外国の昔話絵本のそばに持って行き、昔話絵本は一緒にします。◆しばらく不安定ですが、見出しをつけますので、おかあさん方ご協力ご理解ください。◆信州に行ってきました。泊めてもらった友人宅の近くに喬木村があり、そこが児童文学、動物文学作家の椋鳩十さんの故郷です。ほとんどの人は教科書を通して『大造じいさんとガン』を憶えておられるでしょう。椋さんは、故郷を離れて、九州鹿児島で、教師、図書館長、そして、親子20分読書を推進しましたが、心は、いつも信州の自然に遊んでいたよう です。喬木村にある記念館と隣り合わせで、存立の図書館があり、私たちが行った日は月1の整理日でしたが、見学させてもらいました。本のならびもわかり易く、ずっといたいな、と思わせるくつろぎの空間でした。◆12月は例年通り、クリスマス会をやります。参加される方は、交換用のプレゼント(300円程度)をお持ちください。大人の人もね。◆今月はフィクションは少なめです。珍しく子どもの本が

2015年9月

文庫あれこれ◆空は荒れ狂い、河川を決壊させ、家々を呑みこみ、人々の日常を脅かしています。東京湾沖では直下型のかなり強い地震もありました。◆まるで国会の喧騒を煽るように。こんな言い方はよくありませんが、施政者たちよ、よ~く考えてください。◆被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。◆今年は残暑なしに秋へ移行でしょうか。凌ぎやすくなったのは良しとして、街ゆく人が早々に長袖を着こみ、夜は掛け布団が恋しくなってきました。(去年はどうかしらと、9月の<文庫あれこれ>を見たら、やっぱり急に寒くなり風邪をひいた、とありました)◆夜が更けて雨もあがってやっと虫の声も聞こえてきました。(18日)◆取り立ててハードな生活をしているわけでないのに倦怠感を感じ、今更に健康の2文字が輝いて見えます。日頃体を鍛えていらっしゃる方敬服いたします。今からでも頑張って早朝歩きでも始めますか。◆今度、機会があってシニアの方たちの読み聞かせボランティアをやることになりました。介護ホームやデイサービスの集まりに出かけて、聴いていただくそうです。同世代以上の方にどんなことができますか、少々びくついています。◆あなたの読書傾向は年を経て変わりましたか。いま、必要に迫られて40代のある作者の本を読み漁っているのですが、かつて若い頃は嫌いでなかった心をえぐるような話、報われない愛の話、他者を苦しめる話についていけなくて参っています。今は時代小説(過ぎ去った昔の話として)は気を楽にして読めるような気がします。海外の小説も客観的にとらえられるからか、読めます。特に最終的に希望の持てる話が今はいいです。子どもの本も日本のものより海外のもの。◆映画「2つの名前をもつ少年」(原作『走れ、走って逃げろ』requestで入れました。)を観ました。原作に対して誠実に描かれていてよかったです。◆今年の中秋の名月は27日とか、心おだやかに月を眺めたいものですね。(西村)

2015年10月

文庫あれこれ◆10月は昨日まで慌しいスケジュール。所属団体の全国交流集会で代々木のオリンピックセンターに3泊4日、5日から北海道、台風で足止めくって1日遅れで帰京、連休明けから毎日小学校、介護施設でのお話会、そして15日、町田文学館の大人のためのお話会で町田縁りの作家紹介(本読んで原稿書いてしんどかったぁ)→文庫へ直行。昨晩は目が腫れるほど熟睡。◆5カ月ぶりの北海道は、夫さんの診療が終わると近場の温泉へと出かけました。◆紅葉も始まり、ちょうどタマネギ、じゃがいもなどの収穫期で、大地をトラクター(ハーベスタ―)で収穫する様子が珍しく愉快でした (数日後、台風の影響で田畑は川化して、上の収穫ケースが水浸しというのも見ました)。◆文庫の土曜は珍しくスタッフNさんMさんがコーラスの発表会でお休み。◆パソコンも機嫌が悪く初代PCが登場、代役が務まりますか不安。◆アメリカからハロウィン菓子を送ってくれた2女が帰国しても袋菓子を用意してくれてます。大人は早いもの勝ち。◆日曜、秋の夜長のおはなし会を一日限り復活(知多阿久比町からのお客様に)。◆週末秋日和になあれ(西村)

夏休み北海道旅行記・

akiyoshi私は夏休みに家族で9泊10日の北海道旅行に行きました。
まず福岡から新千歳空港へ飛行機で移動しました。 新千歳空港には、たくさんのおみやげ屋さんやレストランのほかに、ドラえもんパークや、シュタイフ(ドイツのぬいぐるみ屋)ネイチャーワールド(ぬいぐるみで作った動物園)、それに映画館や温泉などがあり、飛行機を利用しなくても楽しめる施設がたくさんあります。

2日目は、小樽へ行きました。小樽市水族館のオタリア(アシカの一種)の<学校ショー>では、算数や体育の授業風景、音楽演奏などが楽しかったです。そのあと、小樽の運河沿いを散歩しました。

3日目は、札幌市円山動物園に行きました。4月に生まれたばかりのホッキョクグマがとてもかわいかったです。午後は大倉山にウィンタースポーツミュージアムへ。そこでは、いろいろなウィンタースポーツのシミュレーションを体験できます。

4日目は、旭川へ移動しました。「北の嵐山」と呼ばれるところにある大雪窯へ行き、ろくろを使ってお抹茶茶碗を作りました。お茶のおけいこのときに使おうと思います。午後は旭川市科学館サイパルへ行きました。そこにはとても大きなプラネタリウムや、たくさんの科学体験装置があります。
5日目は、旭山動物園に開園から閉園までいました。カバが水中をのびのびと泳ぐ姿を見て、まるでさかなのようだと思いました。

6日目は、帯広へ移動しました。帯広空港では、普段は行けない<エプロン>と呼ばれる駐機場に出ました。飛行機をさわりながら見学したり、特殊な消防車の運転席に座っていろいろなボタンを操作したり、冬に活躍する除雪車などを見学しました。それから、空港の隣にある父の母校へ行きました。若いころ、4カ月間学校の中にある寮で暮らしたそうです。とてもなつかしがっていました。

7日目は北海道で唯一、象がいる帯広動物園へ行きました。ライオンが活発に動いていてめずらしかったです。午後は、日本でここにしかない<ばんえい競馬>を見に行きました。馬が重さ1トンのそりをひきながら、山をのぼったりおりたりするレースです。あまりスピード感は感じられないけれど、大変な力強さを感じました。レースのチケットを買った父は少しだけおこづかいが増えたと喜んでいました。

8日目は、札幌へもどり、開拓村へ行きました。ボランティアの人達が、昔の人の服を着ていろいろなイベントを行っていました。中でも<がまの油売り>や<バナナの叩き売り>の大道芸がおもしろかったです。
最終日は、札幌市内を散歩したあと、札幌市科学館へ行きました。

次の日、出発地点である福岡の祖母の家に帰りました。1日も雨が降らず、天気に恵まれた、あっという間の10日間でした。北海道は晴天の日でも日かげに入れば涼しい風が吹く過しやすい夏です。何度でも行きたいところです。

『ふたりのロッテ』

(エーリヒ・ケストナー作 池田香代子訳 岩波少年文庫)

ロッテこのお話は、ドイツのビュール湖のほとりにある「ゼービュール子どもの家」のできごとからはじまります。
ある年の夏、子どもの家に今年はじめての新入り20人がとう着しました。ところがその中にひとりだけ、前からきているルイーゼと、うりふたつの女の子がいました。ルイーゼはお転婆でしたが、その女の子は上ひんで、ロッテという名前でした
そのあと、ふたりはとなりのせきで食じをし、となりのベッドでねかされました。そして、ふたりはすぐになかよしになりました。
そのうち、ふたりはあるひみつをさぐり出しました。ふたりは、ふたごだったのです。

ルイーゼはお父さんだけで、ロッテはお母さんだけだし、ふたりは、同じ日に同じリンツで生まれていたからでした。
やがて、子どもの家からじぶんたちの家にかえるときが来ました。
ふたりは、ある作せんを考えました。それは、ふたりが入れかわって、ロッテはルイーゼがすんでいるところへ、ルイーゼはロッテの家へ行くのです。
ふたりはそれぞれの家につきました。
さて、これから、ふたりはどんなことをまきおこすのでしょうか。
これから先を知りたかったら、ぜひ読んでみてください。

利休の闇

著者の加藤さんにお会いしたのは10数年以上前だったか、私がまだ会社にいたころに業務で来社された加藤氏は当時経営指導のコンサルタントであった記憶している。失礼な言い方だが、もっさりした小男といった御風采で、その後彼が「信長の棺」という歴史小説を書いたところ、当時の首相小泉純一郎がファンになったということから、本が大いに脚光を浴び、ベストセラーになったのには驚いた。の後いくつかの歴史小説を出されたようで、これが最新作。著作は秀吉がらみの話が多いが。これは秀吉に茶道を手引きした利休を中心にした話。(利休という名はずっと後に秀吉に授かったもので、この小説の大半は、「宗益」という茶道の名で登場する。――因みに利休の名の「利」は本来茶人の避ける字で秀吉の嫌がらせが始まっていた印だということだそうです。)秀吉の時代に茶道がなぜ武士の間で流行したのかーそれは親分の信長が茶道に打ち込んでいたからに他ならない。

旨く行っていた秀吉との関係が、天正11年秀吉が天敵柴田勝家との決戦の前に山崎の「待庵」で開いた茶会の頃から、茶道に対する姿勢・考え方の食い違いから徐々に崩れて行き、また利休の秀吉に対する政治がらみの対応が不味かったこともあって、最後には秀吉に憎まれるようになり、利休の人生は秀吉に強いられた割腹死で終焉する。

その経緯を追った著者の綿密な資料調べは大変なものだが、全編を通じてなんとなく物足りない感じが免れないのは、著者の利休に対する愛着というか尊敬というかが足りず、読み終えて、とにかく主人公をもう一つ好きにはなれないことだ。歴史としては分かるが、小説としてはそこがもう一つ不満のあるところである。なお文章の書き方で、行替えが詩のように多くて、異様でもある(例は例えば127頁)。いかなる効果を狙ったのだろうか?茶事に必須の茶碗にご興味のある方には、とても面白い小説と思います。